有名人と社会問題のお話 〜芸能ニュースから学ぶこと

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日本に広がる貧困の連鎖

日本は、少子高齢の社会であるにも関わらず、待機児童問題が改善されていないなど、政策の無能っぷりが露見してしまっている始末。。。

この国はもう、子どもを育てる気がないんじゃないでしょうか?

 

 

少子高齢化が抱える問題点とは

 そもそも、少子高齢化になると、どのような問題が生じてくるのでしょうか?

 

①  経済成長の減速

②  社会の活力低下

③  介護職などの人材不足

 

などなど。。。

 

 

政府の反応は極めて鈍い

 以上のような危機的状況であるにも関わらず、政府の反応は極めて鈍く、対策が全くできていないと言えるでしょう。例えば安倍首相は、待機児童の解消について問われた国会答弁で、「保育所」のことを「保健所」と言いました。

ただの読み間違いだと言い訳するかもしれませんが、ここにも、この問題に対する関心の低さが現れているのでしょう。ああいう答弁を見ていると、この国はもう、子どもを育てる気がないんじゃないかとさえ思ってしまいます。

 

そもそもリーダーには、社会的弱者の声を聞き取る力が求められています。ところが、今の政府には小さな声に耳を澄ませようという姿勢が全く見られません。もしかするとこれは社会全体に蔓延している現象なのかもしれませんが、「他者への思いやり」「想像力」というものが極端に欠落しているように思えてならないのです。

 

 

生存権」のない日本

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 この前、ツイッター上での議論を見ていたところ、「子どもを産むのは覚悟のうえだろう」というつぶやきがあったのでとても驚きました。今の日本では、結婚して子どもを産むというごく当たり前のことでさえ、「ぜいたくなこと」だとみなされてしまっているようです。

一方で、海外に目を転じてみると、子育て世代のために様々な優遇政策がとられています。たとえばフランスでは、子どもを三人以上もつ親は、美術館などの文化・レジャー施設の料金が大幅に割り引きされます。これは子どもと一緒でなく、親がひとりで利用するときでも適用されます。

 

子育て中であっても、子どもにかかりきりになるのではなく、演劇や美術、映画や音楽といった「文化」に触れる機会を失わないように配慮しているんです。

 このように、欧州は「生存権」をとても大事にしている一方で、日本は文化や芸術に接する権利を軽視する傾向にあるようです。こうした風潮が蔓延する一方で、「国はあてにならないんだから、自分たちで子どもを育てる環境を整備しよう」という企業や団体の動きも増えてきました。

 

 

期待膨らむ地方自治体の役割

 政府に期待できない以上、企業や団体のみならず、地方自治体にも自ずと期待感が膨らんできます。現代は「人間関係の豊かさ」が重要な時代です。ただ、国が子育てしやすい社会保障政策をとってくれない以上、別の組織に期待するよりほかないのです。

本来、これは政治の問題であり、国が取り組むべきことなのですが、国に期待できない以上、地方自治体にすがるよりない...のかもしれません。

 

安倍政権は、税制を優遇して親子3世代が一緒に暮らす「3世代住宅」を促進しようとしていますが、これは「おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に暮らせば孫の面倒を見てくれるだろう」という、日本の古い家族観に囚われた発想であって、今の時代には合っていません。

その点、地方自治体の中にはきめ細かい政策を取り入れているところもあります。ある自治体では、地元出身の若い夫婦向けに入居費の安い公営住宅を用意しています。こうすれば、一緒に暮らすわけではないけれど、おじいちゃんやおばあちゃんに孫を預けることもできます。まさに、国の政策よりも実際のニーズに沿ったやり方なわけです。

 

事実、地元の方に話を聞いてみると、同居を嫌がるのは若いお嫁さんよりもむしろお姑さんの方なのです。お姑さんたちは自分が若い頃、嫁姑問題で辛い思いをしたから、同じような思いを嫁にさせたくないし、自分だって嫁に気を遣いたくない。そこでこの施策が生まれたのです。

現実が見えていない国よりも、地方自治体の方が理にかなったやり方ができる良い例ですね (事実、この自治体は出生率2.81という奇跡的な数字を叩き出しています)。

 

これだけではありません。若者が定着しやすいように、小さな町であるにも関わらず、おしゃれな美術館やカフェなども利用できるように工夫されているのです。

 

 

遅れている?教育に対する社会保障

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人間をその土地に根付かせるには、最低限の住まいを社会保障で用意する必要があります。ヨーロッパなどでは、若者のために公的な低家賃住宅を整備し、家賃補助制度を充実させています。そうやって住まいを提供することで、若者が親元から離れ、自分たちの「世帯」を作るようになる。そして世帯が増えれば、子どもも自然と増えていくというわけです。

つまり、住宅問題については、日本でもやれることはまだまだたくさんあるんです。地方であれば、空いている公営住宅を改装しておしゃれにするとか。東京をはじめとする都市部では、高い家賃に公的な補助をするとか。

 

一方で、課題はまだ他のところにもあります。それは「教育」。事実、教育に対する社会保障も、日本ではほとんど手が付けられていません。「奨学金 = 借金 = 自己破産」の問題です。

現在、大学生のおよそ半数が奨学金を利用しています。つまり、今の学生の半分は、借金を背負った状態で社会に出なければならないのです。経済的に豊かな親の子はじっくり勉強できるけれど、そうでない子は教育を受ける時間を奪われてしまうんです。

 

 

高度経済成長という幻想

 今の時代、普通に大学を卒業しても、もしかしたら「ブラック企業」に就職するかもしれないし、仕事のストレスでうつ病にかかって働けなくなるかもしれません。たとえ一流企業に就職できたとしても、親の介護が必要になって働けなくなるとか、誰でも貧困に陥る可能性はあるわけです。

しかし、富裕層の人たち (官僚・政治家) には、そうした想像ができない。だから「自己責任」なんて言葉を軽々しく口にしてしまうのです。

 

残念ながら、今の若者たちの多くは公務員を目指すような安定志向で、社会を変えようという気持ちのある人が少ないように感じられます。階層の固定化が進んでしまったために、自分たちが「社会を変えるんだ」というイメージが持てないのかもしれません。

そんな状態の中で「アベノミクス」といったスローガンを聞くと、「よくわからないけど、誰かに任せておけば景気が良くなるんじゃない」という幻想を抱いてしまっている若者たち。日本の未来は本当に大丈夫でしょうか?

 

 

矛盾が明確な政策

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若者に限らず、少なからぬ国民がアベノミクスに期待しています。安倍政権が、多くの不振政治を続けているにも関わらず、約40%という岩盤のような高い支持率を保っていられるのも、多くの国民が高度経済成長の幻想から抜け出せていない...ということなのでしょう。

少子高齢化は今後ますます進むのですから、それに合わせて社会のシステムは変えられなければなりません。しかしながら、「一億総中流」などと現実を見つめられない国民のなんと多いことか。無能な政治家のなんと多いことか。

 

普通に考えると、安倍政権の雇用政策は矛盾していると気づくはずです。企業が世界で競争するためには、どうしても賃金を抑えなければならない。すると必然的に非正規雇用は増えます。これはもう、産業構造がグローバル化しているんだから仕方ないこととも言えるでしょう。

でも、そうであるならば、非正規雇用の人が失職しても次の仕事を見つけやすいように就労支援を充実させればいいのに、それをやらないで、「一億総活躍社会」などと言い出しているからおかしなことになるんです。

 

 

まずは現実を直視しよう!

 もう、成長社会じゃないということを前提に、どうやって社会の制度を変えるべきかを考えないといけない時期にきています。司馬遼太郎さんが『坂の上の雲』に書いた明治期は、坂を上っていく時代でした。一方で、今の日本は「転ばないように気をつけながら上り切った坂をゆっくりと下っていく」時代です。そういう「現実」を直視しなければなりません。

経済が成長すれば皆が幸せになるという時代はもう終わったのです。そんな中、一億総活躍社会と全く現実が見えていない発言をし、バカな国民を騙そうとする政権には変わっていただくしかありません。

これからの日本は、価値観を多様化してそれぞれが自分なりに幸せな居場所を見つけられるような社会を作っていかなければならないのです。

 

 

日本で深刻な貧困の連鎖

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子供をあまり産まなくなった世代が介護の時期に入っていきます。独身で一人っ子なら、両親の介護という重荷が1人にかかってきます。結婚していれば、夫婦で両親4人の介護をしなくてはなりません。老人ホーム不足や介護スタッフ不足も問題でしょうが、老人の孤独死も増えることでしょう。

こうした問題に加えて、男女間格差、健康格差、老々格差、貧富の格差などなど、今後はより深刻化していくことが予想されています。

 

たとえばシングルマザーの貧困は、子どもの貧困と結びついていて、貧困の連鎖につながっています。また高齢者の老老格差は、若いときの経済格差がそのまま高齢者になったときの健康格差や平均余命の差となって表れます。

経済が衰退して国が貧困になり、年金がもらえなくなり、格差がじわじわと蓄積されて暗い将来しか見えてこない日本。

 

財源を確保するために政府は増税を繰り返すばかりです。消費税も、社会福祉の財源という名目で上げましたが、結局は単に借金の返済に使われただけです。しっかりしたビジョンに裏打ちされた改革がなされない限り、この先高齢者は年金だけでは暮らせず、働く世代は重税に苦しむだけの貧困社会の到来になってしまいかねません。