有名人と社会問題のお話 〜芸能ニュースから学ぶこと

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悲運にも若くして早死にした海外の有名人たち

「早死にする人に共通する生活習慣ワースト10」なるものをご存知でしょうか?

 

「風呂好き」「8時間以上の睡眠」「食べたらすぐに歯を磨く」「赤ら顔」「毎朝のジョギングが日課」「趣味がゴルフ」「不倫している」「平熱が低い」「SEXレス」「独身」

 

 

 

他にも、ブラックユーモア的に「早死にする方法」として

 

・ヘビースモーカーになる

ハンバーガーを食べまくる

・毎日11時間以上座りっぱなしでいる

ブロッコリーやキャベツを食べない

・砂糖をたっぷり摂る

・常にイライラする

 

・海外の特殊部隊に入隊する

・世捨て人 (孤独) になる

・運動しない

・ロシアマフィアにみかじめ料を払わずビジネスを始める

・中国の鄭州 (世界一汚染された都市) に引っ越す

北朝鮮金正恩を侮辱する

 

などが挙げられます。

 

 

 

そんな話はともかくとして、

 

今回は、「悲運にも早死にした海外の有名人」をまとめてみました。あなたの死生観を揺るがすエピソードと巡り会えれば幸いです。

 

 

 

 

 

ジェームズ・ディーン

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 映画「エデンの東」や「理由なき反抗」などで有名になり、これからもっともっと大スターになっていくはずだったアメリカ人俳優のジェームズ・ディーンは、1955年、「愛車のポルシェが呪われていた」とも言われる交通事故により即死 (享年24)。

 

 

 

 

マリリン・モンロー

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 アメリカ出身で、20世紀を代表するセックスシンボルとして有名なマリリン・モンローは、1962年、自宅のベッドの上で全裸のまま亡くなっているのが発見されました (享年36)。結局は睡眠薬の飲み過ぎによる自殺ということになったのですが、それにしては不審な点が多く、他殺という説もあります。不審な点としては、遺書が見つからなかったこと、寝る前にはカーテンを閉めて寝る習慣のあったマリリンが、なぜカーテンを開けて寝ていたのか、そして、彼女の電話の通信記録が失われていること、日記に使っていた手帳がなくなっていること、該当の睡眠薬を大量摂取すればひきつけを起こすはずなのに起こしていなかったこと、などが挙げられます。

 

 

 

 

ジョン・F・ケネディ

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 アメリカ合衆国の第35代大統領だったジョンは1963年、遊説先のテキサス州ダラスの市内をオープンカーでパレード中に狙撃されました (享年37)。暗殺者と暗殺理由には多くの説があり、未だ定かではありません。

 

 

 

 

ブライアン・ジョーンズ

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ザ・ローリング・ストーンズの元ギタリスト兼リーダーだったブライアンは1969年、アルコールとドラッグの影響でプールの底に沈み溺死しました (享年27)。しかしながら2000年、ストーンズを作った男の死は事故ではなく殺害だったことが確認されています。他殺だったのです。

 

 

 

 

ジミ・ヘンドリックス

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 天才ギタリストとして多くのミュージシャンに多大な影響を与えたアメリカ人のジミは、右利き用のギターを逆さまにして左利きの構えで演奏したり、ギターを歯や背中で弾いたり、火を放ったり、破壊したりと多くのパフォーマンスでも有名です。そんなジミは1970年、ロンドンのホテルに女性と滞在中、お酒と睡眠薬を併用したことによる中毒、および、睡眠中に嘔吐したことによる窒息が原因で亡くなりました (享年27)。デビューからわずか4年での死でした。

 

 

 

 

ブルース・リー

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 サンフランシスコ中華街生まれの中国人、ブルース・リーは1973年のある日、頭痛を訴え鎮痛剤を飲んでベッドに横になったのですが、そのまま昏睡状態に陥り、搬送先の病院で亡くなりました (享年32)。

 

 

 

 

シド・ヴィシャス

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 セックス・ピストルズの2代目ベーシスト、シドは、パンクロックを地で行く行き方から、「パンクの精神」として多くのファンから崇拝されていました。が、彼は極度の麻薬中毒者であり、1979年、薬物の過剰摂取により亡くなりました (享年21)。短い生涯ではありましたが、彼はそのカリスマと過激なパフォーマンスによりパンクロックの伝説となったのです。

 

 

 

 

ジョン・レノン

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 イギリスのロック・バンド、ビートルズの中心的メンバーだったジョンは1980年12月8日、猟奇的ファンのマーク・チャップマンによって射殺されました (享年40)。事件後犯人は現場から逃亡せず、手にしていた「ダブル・ファンタジー」(ジョン・レノン & オノ・ヨーコ作のアルバム) を放り出し、警官が到着するまで「ライ麦畑でつかまえて」を読んでいたり歩道をそわそわしながら歩いていたそうです。

 

 

 

 

金得九

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韓国出身のプロボクサーで東洋太平洋ライト級王者だった金さんは、1982年、世界タイトル戦に挑戦するも14回19秒でKO負け。試合後、リング上で意識を失い、そのまま病院に搬送されるも懸命の治療も虚しく試合から4日後に亡くなりました (享年23)。金さんの死から3ヶ月後、母親は自殺し、翌年にはレフェリーも自殺。この一連の出来事がきっかけで、15ラウンド制だったボクシングの世界タイトル戦は、12ラウンド制に短縮されました。

 

 

 

 

ブランドン・リー

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ブルース・リーの長男ブランドンは8歳まで香港で過ごし、父の死後はロサンゼルスに移住。その後、父と同じく俳優の道に入りますが、1993年、映画「クロウ / 飛翔伝説」の収録中、銃撃のシーンでなぜか腹部を撃たれ事故死しました (享年28)。

 

 

 

 

リバー・フェニックス

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 1986年の青春映画「スタンド・バイ・ミー」で注目を集め、1988年の「旅立ちの時」で人気を高めていったアメリカ人俳優のリバー・フェニックスは、1993年、ヘロインとコカインの過剰摂取を原因とする心不全で死亡しました (享年23)。

 

 

 

 

カート・コバーン

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アメリカのグランジバンド、ニルヴァーナのボーカル兼リーどギターだったカートは、アルバム「ネヴァー・マインド」で一躍世界的大スターになるのですが、その後、自身のイメージや思い通りに曲が作れない苛立ち、少年時代からのうつ病と薬物中毒に苦しみ、ローマでの自殺未遂を経て、1994年、シアトルの自宅で薬物服用の上、ショットガンで頭を打ち抜き自殺しました (享年27)。

 

 

 

 

2パック

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アメリカのヒップホップMCであり俳優だった2パックは、1996年、ラスベガスでマイク・タイソン (友人) の試合を観戦後、横付けされたキャディラックから銃弾を4発被弾し亡くなりました (享年25)。

 

 

 

 

ダイアナ妃

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 イギリスの第一位王位継承権者ウェールズ公チャールズの最初の妃だったダイアナは、1996年に離婚し、1997年8月31日、パリのセーヌ河畔のトンネル内で交通事故により死亡しました (享年36)。この時、同乗していた運転手と恋人のドディ・アルファイド氏も死亡。パパラッチに追いかけられ逃走中の事故だったとされていますが、事故にしては不審な点が多いとされています。

 

 

 

 

アーリヤ

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 ニューヨーク・ブルックリン出身のアフリカ系アメリカ人歌手アーリヤは2001年、バハマで起きた飛行機事故で亡くなりました (享年22)。

 

 

 

 

レフトアイ

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TLCのメンバーで、当時アルコールやドラッグの問題を抱えていたレフトアイはホンジュラスに精神治癒とボランテイア活動のためによく行っていたそうです。2002年、彼女はそのホンジュラスで自らが運転する車の事故により亡くなりました (享年30)。 

 

 

 

 

ヒース・レジャー

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 映画「ブロークバック・マウンテン」の演技で主演男優賞候補になったオーストラリア人俳優のヒースは2008年、ニューヨークのアパートで遺体で発見されました (享年28)。警察によると、ベッドに横たわっていた遺体は全裸で、近くで処方された睡眠薬が散乱していたといいます。自殺ではなく事故だったと報告されていますが真実は定かではありません。

 

 

 

 

ブラッド・レンフロ

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 映画「マイ・フレンド・フォーエバー」の子役として有名な俳優のブラッドは2008年、25歳の若さでヘロインなどの薬物過剰摂取により亡くなりました。

 

 

 

 

マイケル・ジャクソン

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 「ポップ界のキング」と称されているマイケルは2009年6月25日、自宅で心肺停止状態に陥り病院へと搬送されるもそのまま死亡が確認されました (享年50)。マイケルの主治医コンラッド・マレイが投与した呼吸抑制作用を持つ鎮静剤と、麻酔薬プロポフォールの複合作用により呼吸停止が起こった可能性が高いとして、マレイは過失致死罪で禁錮4年の実刑判決を受けました。ただ、これは単なる事故死ではなく、他殺。その根拠として、マレイが主治医となったのは事件3ヶ月前であること、マレイには多額の借金があったこと、長年マイケルの弁護士を務めていたピーターが翌年不審な死を遂げたこと、マイケルの遺言書が偽物の可能性が高いこと、などが挙げられます。

 

 

 

 

ブリタニー・マーフィ

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 アメリカ出身の女優ブリタニーは9歳から子役として活躍し、数々の映画に出演し、2006年公開のアニメ映画「ハッピーフィート」ではヒロインの美声のペンギンを演じています。そんな彼女は2009年、ロサンゼルスの自宅で心肺停止状態で発見されました。家族によれば、以前から糖尿病を患っており、数日前には風邪をこじらせていたそうです。これらのことから、死因は心不全とされていますが、毒殺ではないかという説もあるようです。

 

 

 

 

エイミー・ワインハウス

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イギリスのソウル、ジャズ、R&Bシンガーであるエイミーは薬物中毒やアルコール依存症など何かとスキャンダルの多い人でした。2007年には夫と共に飲酒・薬物のリハビリ施設に入所、2008年にも再び入所していました。そんな彼女は2011年、ロンドンの自宅で死亡 (享年27)。死因はアルコール中毒で事件性はないとされています。

 

 

 

 

ホイットニー・ヒューストン

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 アメリカ人の歌手であり、女優・モデルでもあったホイットニーは2012年、カリフォルニア州ビバリーヒルズにあるビバリーヒルトンホテルの浴室で死亡しているのを発見されました (享年48)。当初は死因不明とされていましたが、その後、不慮の溺死とされています。遺体からコカインが検出されていることから、入浴中にコカインの影響で心臓発作が起こり、浴槽に沈んだ可能性が高いとされています。

 

 

 

 

セイジ・スタローン

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 ロサンゼルス出身の俳優で映画監督のセイジはあのシルベスター・スタローンの息子です。2012年7月、ロサンゼルス市ハリウッドの自宅で死亡しているのが発見されました (享年36)。当初、死因は不明とされていましたが、その後の検死で心臓発作による自然死であることがわかりました。

 

 

 

 

プリンス

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 アメリカ出身の世界的ミュージシャン、プリンスは2016年、鎮痛剤として使われている薬物フェンタニルの過剰摂取により死亡しました (享年57)。

 

 

 

 

チェスター・ベニントン

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 アメリカのロックバンドLinkin Parkのボーカルだったチェスターは2017年7月20日、ロサンゼルスの自宅で首を吊って自殺しました (享年41)。大成功していたベニントンですが、ステージの外では多くの問題を抱えていました。うつ病、過去の性的虐待、などなど。そんなチェスターは驚愕なシャウトとバラードでの魅力的な声が特徴なのですが、「どうすればそのような声が出せるのか」という質問に対して、「なんでこんな声が出せるのか、自分でもよくわからない」と答えていました。