ディーン・フジオカはなぜブレイクしたのか?
香港や台湾で活躍し、逆輸入俳優として知名度を上げてきたディーン・フジオカはNHKの朝ドラ『あさが来た』(2015〜2016年) で五代友厚を演じました。その五代が亡くなると「五代様ロス」なる言葉が生まれるほどに大ブレイク!さらにドラマ『ダメな私に恋してください』では一転して“ドSのメガネ男子”を演じ、これまた高評価!
その人気はドラマに留まらず、『ぴったんこカンカン』『金曜日のスマイルたちへ』『櫻井有吉のアブナイ夜会』『A-Studio』、『メレンゲの気持ち』などのバラエティー番組にもゲストとして出演し、いずれも高視聴率をマークしました。
ディーン・フジオカの経歴
福島県で生まれ、高校卒業後に「ITを学ぶため」シアトルの大学へ留学。卒業後はアメリカで働くつもりでしたが、「9.11同時多発テロ」の影響でビザ取得が困難に。そこでアジア各国を旅し、たどり着いた香港でモデルとしてデビュー。その後は台湾やインドネシアに渡って俳優やアーティストとして活動。
そして、満を持して “逆輸入”の形で日本の芸能界に進出、さらにアメリカのドラマにも出演したのち、朝ドラで大ブレイクを果たしたのです。
ブレイクの要因は?
ズバリ、「行動力」と「機動力」がブレイクの要因です。18歳でアメリカの大学へ進学、アジア各国でのデビュー、満を持しての日本凱旋、アメリカ再進出など、「あえてホームグラウンドを持たず、やるべき仕事のある場所へ行く」というスタンスが多くのチャンスを彼にもたらしたのです。「運よくうまくハマった」とも言えるでしょう。
アメリカで就労が困難になったピンチを『アジアに目を向けて』チャンスに変えた「柔軟性」と「着眼点の素晴らしさ」も光ります。
そしてもう一つ、ディーンさんのパーソナリティーをひも解く上で重要なキーワードは「好奇心」。彼は好奇心の塊のような人物で、異常なほどに多趣味でもあります。「何でもノーではなくイエスから入る」(前向き) という姿勢も大事なようです。「やり始めたらとことん追求する」集中力も持ち合わせているようです。
しかしながらこの「とことん追求する」姿勢は、時に周囲にとっては迷惑でもあるようです。例えば、ある番組で「美味しいフォーを食べたい」というリクエストを出したことがあるのですが、彼は麺のタイプ、もやしやコリアンダーの量、タマネギの薄さなどに一切妥協せず、店主の前で「これは違う」「あれも違う」と注文を並び立て作り直してもらうなど、めんどくさい一面ものぞかせていました。この発達障害的性格が一般の社会ではなく芸能の世界に向いていたとも言えるでしょう。
ブレイクの陰に秋元康の暗躍が?
彼が突如「日本」でブレイクした背景には、おニャン子クラブやAKB48など多くの人気アイドルグループを生み出した名プロデューサー「秋元康」の存在があると囁かれています。
ディーン・フジオカの芸歴は2004年、香港のクラブでラップを披露していたところをスカウトされたところから始まっています。その後、香港を拠点にモデルとして活動をスタートさせ、翌年には現地の映画に主演として抜擢され俳優デビュー。その後は台湾にも活動の幅を広げ、同時に妻子が住んでいるインドネシアを拠点に音楽活動もしています。
これだけなら日本に来ることもなかったのですが、ここで登場するのが「秋元康」の存在です。実は、秋元康がプロデュースしたアイドルグループ「チェキッ娘」のメンバーの1人がフジオカの2歳年下の妹藤岡麻美さんなのです。これが縁で秋元康がプロモーターを務めることになり、フジオカは日本へと売り込みをかけたのです。
年齢は30代後半。。。にもかかわらず、この強いコネクションに加えて「容姿」「語学力」「アジアでの実績」が功を奏し、日本での成功を手に入れることができたのです。
本来、秋元康は男性タレントには全く興味のない人物なのですが、アジア進出に力を入れていることもあって、フジオカとのつながりが「今後アジアへ展開する上で重要なものになってくる」と考えたようでもあります。フジオカを通じて海外進出を狙う大手プロダクションと関係を築いておけば、近い将来タッグを組んでより大きな事業を展開することもできますからね。
まとめ ☆
いかがでしたか?
ディーン・フジオカが日本でブレイクした理由は以上に挙げた通りですが、それらの要素とは別に、やはり成功のためには「運」も大事になってきます。好きなことへの「こだわり」を持って執拗にひたむきに頑張ることで、結果として「運」を呼び込み掴み取り、勝者となり得るのです。
2012年に中国系インドネシア人女性と国際結婚をしたことも彼の生き様を表しているエピソードの一つです。
さて、ここであなた自身の人生についても考えてみてください。ディーンのように「楽しみ」「挑戦し続けて」いますか?ディーンを見ていると、「仕事をしているのが楽しそう」であり、「生きているのが楽しそう」に見えます。
なんとも羨ましい限りですが、あなたも彼に習って「幸せな人生」を謳歌できるよう頑張ってくださいね!